ビヨンセのモノマネでブレイクした渡辺直美さん。

今ではインスタグラムのフォロワーは800万人を超え、国内外にも活動の幅を広げています。

そんな渡辺直美さんが笑っていいともでビヨンセと共演を果たし、その後にエンターテインメントの本場ニューヨークへ、3ヶ月も休暇をとって海外修行に行くまでの気持ちの変化など

普段は明るくしている渡辺直美さんの心中での葛藤、また一度は諦めかけた芸人人生を止めた一言などを、ここではお伝えしたいと思います。

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笑っていいともでビヨンセと共演

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渡辺直美さんのビヨンセは既にビヨンセを越えているのでは?と感じてしまうほど、パワーのあるステージです。

そんなビヨンセ本人との初対面は笑っていいともの番組内でした。

渡辺直美は当時はまだレギュラー出演者ではなく「いいとも少女隊」として出演していました。

タモリさんが日本にも和製ビヨンセと呼ばれている芸人がいることを紹介し、あの曲が流れると

まだ少しホッソリした当時の渡辺直美さんがピンクの衣装で登場

最初は少し控えめに踊っていようにも見えますが、中盤からはビヨンセにも寄っていき

最終的にはあのビヨンセも曲に合わせて少し踊ってしまうほどの迫力でした。

ダンス終了後にはビヨンセから

そのダンスはどこで覚えたの?

と質問されると、渡辺直美は

Oh・・looking・・・・

と、おそらく適当な英語で返して、笑いを取っていました。

最後にはビヨンセから肩を抱かれたままでCMに入りました。

その後の渡辺直美さんの公式ブログでは

イメージ 1
いやー!!
先週の金曜日に奇跡が起きました。
ビヨンセがいいともに来たんですよ!!
観ていただいた方ありがとうございます。
ヤバイでしょ。
こりゃヤバイ!
裏でずっとドキドキでゲロゲロでした。

泣きそうだったけど我慢して
ビヨンセダンスぶちこんでやったぜ!!
ビヨンセめちゃ優しかったし。
かっこいい!

ただ、裏にSPがたくさんいてあのピンクの格好でうろちょろしてたら、黒人のSPに軽く押さえつけられました。

(以下省略)

引用:渡辺直美公式ブログ 2008年11月4日「ビヨンセ!!」より

かなり緊張していた、またビッグスターの影響で、かなり張り詰めた空気がアルタにあった事がうかがえます。

このビヨンセとの共演時間は少しだけでしたが、後の渡辺直美さんに大きな影響を与える事になります。

その後、渡辺直美さんは2010年にいいとも少女隊を卒業して、2011年から笑っていいともの月曜レギュラーとしてに出演することになりました。

【関連記事】渡辺直美はなぜビヨンセでブレイクしたのか?いいとも少女隊とは?

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2014年NYへ行くキッカケとは

渡辺直美さんはあるテレビ番組の中でこう語っています。

自己紹介をお願いしますと言われると

ワ・タ・ナ・ベ・ナ・オ・ミ です。

って急にカタコトになるんですよ

日本があまり話せない母親に育てられた渡辺直美さんも、母親と同じように日本語はあまり上手にしゃべれなかったようです。

また芸人として致命傷だったのが、本人も語っていますが

あんまり日本語が得意じゃなくって、(しゃべりの)掛け合いが出来ないんでよ

だから最初の2,3年は、ほとんど喋ってないですよ。

渡辺直美さんはデビュー当初はコンビを組んでいましたが、これも解散の原因の一つになったのではないかと思われます。

そんな渡辺直美さんですが、その明かるいキャラクターで何度も舞台やテレビに出演するも

大喜利のお題の意味が分からないんですよ、意味が全く分からなくて、一言もしゃべらない事も良くありましたね。

こんな事もあり、自分自身をどんどん追い込んでしまい、一度は芸人を辞めようかと考えたそうです。

しかしそこである先輩芸人からアドバイスをもらった事で、芸人を続ける事を決めて、更にニューヨークへパフォーマンスを磨くための修行に向かうのですが、その先輩芸人というのは

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オリエンタルラジオの中田敦彦さんです。

渡辺直美さんとオリラジ敦ちゃんの共通点は笑っていいともです。

その時に仲良くしていた敦ちゃんに相談をしたんだと思われます。

そして敦ちゃんから渡辺直美さんへのアドバイスは

例えば大喜利が出来ない事が、お前の短所だとしたら、そんなはどうでもいい

お前の数ある長所を、誰も出来ないくらい伸ばせ

そのアドバイスを聞いた渡辺直美は自分の長所を「表現力」だと感じ

その「表現力」を色々と勉強できるは場所はニューヨークだと思ったそうです。

しかし当時はそんな渡辺直美でも、仕事は入り始め、当時はレギュラー2本、準レギュラー2本を抱えており、なかなか仕事を休んでニューヨークに行く事も切り出せませんでした。

そこで渡辺直美さんにとって大きな出来事がありました。

それは「いいとも少女隊」、その後は月曜レギュラーとして出演していた「笑っていいとも!」の終了です。

決め手は「いいとも」が3月に終わると昨秋に発表されたこと。「自分を育ててくれた番組の終了は、私にとって1つの歴史が終わる節目、もう1つ歴史を作るために海外に行かなきゃと」。

引用:サンスポ電子版「渡辺直美、8月までNY留学!エンターテインメント本場で修業へ

そしてついに決心して、所属している吉本興業に3ヶ月間の休暇(海外修行)の話しをすると

「復帰しても、仕事ないからな」と会社からは言われたそうです。

確かに流行り廃りの早い芸能界で3ヶ月という期間は、忘れ去られるには十分な時間です。

その時の心境をこう語っています。

本当に怖かったですね。

でもやるしかない!前向いて頑張ろうと!

こうしてついにニューヨークへ、本場のエンターテインメントを自分の肌で感じるために海外修行への挑戦が決まりました。

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NYで直美のダンスは通用したのか?

多くの芸人仲間から見送られ

2014年の5月から3ヶ月間、芸能活動を休んで単身でNYに渡米しました。

なんと住むところも決めずに出て行ったようです。

早速到着してからは様々なエンターテインメントを体で感じるため

ゲイバーやコメディショーなどを見て回りました。

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そして「表現力」を磨くために、ビヨンセのバックダンサーを7年も務めていた人のダンス教室にも参加

その時の心境をこのように語っています。

「本当にすごいダンサーのみなさんがたくさん来ていたんですけども…アジア人、日本人ということでかなりナメられてたんですよ。『こいつ踊れんの?』みたいな感じで1日目は終わったんですね」(渡辺さん)と、自分をまったく出せずに終わってしまったそう。

しかし、2日目に1人ずつテストをするということになり、「ここで自分を出そう、頑張ろう! と思って曲に合わせて踊ったんですが、最初から飛ばして『イェー!』みたいな感じで踊ったんです」(渡辺さん)。その瞬間、「サイコー!」「オーマイガー!」と全員が大盛り上がりしたそう! …正しくは「まあ日本語は話してないんですけどね(笑)」とのこと(笑)。

引用:J-WAVE NEWS 「渡辺直美 NYのダンス留学でナメられ…

こうして渡辺直美さんの長所である「表現力」を短い時間の中で磨いていきました。

全く仕事をしなかったわけでは無く、途中で仕事でハワイに行っていたようですが、吉本興業おそるべしですね

また自身のブランドの宣伝もしっかり

もちろん語学の勉強も兼ねていたので、宿題に追われる日々もあったようです。

帰って来てからは、その表現力に磨きをかけたビヨンセのパフォーマスは、ダンスのキレやメイクなど、ニューヨークで吸収したモノでパワーアップされていました。

また来年の春以降に本格的にNYで活動を始めることを発表しております。

日本語が上手くなくても、芸人として今や世界的にも知名度が上がった、渡辺直美さんをこれからも応援していきます!

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